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【仏像】対馬の仏像盗難から8年 韓国から返還されない現状に島民は

1: 新種のホケモン ★ 2020/02/27(木) 16:09:25.44 ID:CAP_USER
 韓国人観光客の足が遠のいたことによる対馬の窮状が伝えられている。対馬の住民はいま、何を思うのか。ソウル在住のジャーナリスト藤原修平氏が対馬を訪問した。

 * * *
 対馬の島民と韓国や韓国人について話をしていると、相手の表情にだんだん影が差してくることが多かった。そんな時は大抵、「韓国人は仏像を、ねえ」と切り出された。2020年2月初旬、韓国の釜山から高速船で対馬を旅行しに訪れた時の話だ。

「韓国人は仏像を~」とは、2012年10月に対馬で二体の仏像などが韓国人窃盗団に盗難された事件のことを指す。事件の翌年、韓国で犯人グループが逮捕され、韓国当局により仏像二体は無事に回収された。

 そのうちの一体は、“対馬一ノ宮”として知られる海神神社(対馬市峰町木坂)の「銅造如来立像」(国指定重要文化財)だった。文化財の不法な流入・流出を防ぐための国際条約「文化財不法輸出入等禁止条約」に則り、2015年に対馬に返還された。

 ところが、同じ対馬の観音寺(対馬市豊玉町)から盗み出された高麗時代の「銅造観世音菩薩坐像」(長崎県指定有形文化財)は、話が違った。韓国西部・忠清南道瑞山市にある浮石寺が「倭寇に略奪された仏像だ」と“仏像の所有者”として名乗り出たのである。

 これを受け、2013年2月に韓国の大田(テジョン)地裁は、仏像を対馬に返還するかどうかについて、“倭寇に盗まれる前からの所有者として名乗りを上げる者がいるかどうか”を基準に判断した。浮石寺の場合、倭寇が奪っていく前の所有者だった可能性があるので、それを根拠に対馬へ戻すことは不要としたのだ。

 盗難事件自体も犯人が韓国人窃盗団だったことで注目を浴びたが、盗難を正当化するかのような大田地裁の判決は、地元・対馬はもちろん日本社会を驚嘆させた。

 しかし、対馬の人たちが「仏像を、ねえ」と切り出すとき、返還されないことへの不満だけではなく、そもそも仏像が盗まれたことに強く怒っているように感じた。「普段拝んでいるものを、誰も見てないからと持っていっちゃうなんて、考えられません」と顔をしかめる島民は多い。

 今年2月14日付のローカル紙・対馬新聞のトップ記事は〈仏像盗難 あれから8年〉という見出しだった。記事のなかで観音寺の住職は「是非仏像盗難事件のことを思い出してほしい」と訴えている。

 仏像盗難事件は対馬の人の心を深く傷つけ、それ故に韓国人観光客に対する印象を悪くしてしまっているようだ。滞在中、韓国人観光客のマナーの悪さを指摘する声がいくつか聞かれた。外国人観光客のマナーに関する悩みは万国共通ではあるが、なかには“文化・習慣の違い”では済ますことのできないトラブルもある。市役所の近くで飲食店を営む30代の男性はこう話す。

「対馬には対向車とすれ違うのもままならない道路があって、韓国の方はそういうところでも構わずスピードを出す。実際に事故になることもあります」

 しかし、それでも韓国人観光客を一方的に非難することはできない、と男性は言う。

「マナーは国ごとに違います。外からいらっしゃる方に、そういうところを教えてあげる努力も必要なのではないでしょうか。例えば、対馬で最低限守っていただきたいマナーについてまとめたガイドを配るなど、受け入れ側が努力しないといけないのかもしれません」

NEWSポストセブン
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20200227-00000009-pseven-soci

2/27(木) 16:00配信
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対馬から盗み出された海神神社の「銅造如来立像」(左)と観音寺の「銅造観世音菩薩坐像」。右の一体は韓国から返還されていない(Yonhap/AFLO)

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台北市長「韓国は総督府の庁舎を解体したのに、台湾は今でも使い続けている。おかしいのでは?」

1: バン・アレン帯(東京都) [US] 2019/12/19(木) 20:12:46.48 ID:q+C3XNT20 BE:123322212-PLT(13121)
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(台北中央社)柯文哲台北市長は18日、総統府を移転すべきとの考えを示した。日本統治時代に「台湾総督府」として建てられた建物を
現在も使用していることは歴史観に混乱をきたすと指摘。また中国が攻めてきた場合、市中心部である現在の立地は危険だとし、
国防部(国防省)庁舎など軍事施設が集まる市内の別の場所に移すのが良いと話した。

2024年総統選に出馬の意向を示している柯氏。17日に受けた主要紙のインタビューで、自身が当選した場合には総統府を移転させ、
現在の庁舎は高級旅館兼博物館として運用すると語った。

18日、市内でのイベント出席後に報道陣からこれについて問われると、韓国では日本統治時代に朝鮮総督府として使用された庁舎が
すでに解体されていることに言及。台湾では現在も使われているのは「おかしい」と異議を唱え、軍事施設が集中し、「要塞」とされる
大直エリアに移転させるべきだとの見方を示した。

総統府庁舎(旧台湾総督府)は1919(大正8)年竣工。戦後に国民党が台湾に移った後も修復を経て使用が続けられ、1998年には国定古跡に登録された。
100周年に当たる今年はさまざまな記念イベントが催された。

http://japan.cna.com.tw/news/apol/201912190002.aspx
no title

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仏像を韓国人に盗まれるので3Dプリンターで作った偽物を置く

1: オノデンボーヤ(SB-iPhone) [GB] 2019/10/23(水) 07:06:36.77 ID:7h3qkFte0● BE:659060378-2BP(8000)
sssp://img.5ch.net/ico/jisakujien_5.gif
盗難から仏像守れ 
3Dプリンターの身代わり像に脚光


平成28年に15体だった盗難仏像の数は
29年に53体、30年には40体に。
今年も県南部で相次いで被害が確認されている。

狙われるのは普段人の出入りがない無人の寺社が多く、
防犯対策が難しいという。
そんな中、和歌山市の高校生らによる
被害防止の取り組みが画期的だと注目を集めている。
本物の代わりに3Dプリンターで作ったレプリカの
「お身代わり仏像」を安置するという対策だ。  

画像
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https://www.sankei.com/west/amp/190926/wst1909260001-a.html

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【米韓】 在米大韓帝国公使館、工事代金未納で抵当権設定

1: 荒波φ ★ 2019/10/07(月) 09:09:18.14 ID:CAP_USER
米ワシントンにある大韓帝国公使館が補修工事代金の未納で現地業者に抵当権を設定されていたことが6日までに分かった。

公使館を管理する韓国文化財庁傘下の国外所在文化財財団は今回の一件で米国の裁判所に民事訴訟を起こされ、関係者が米警察当局の取り調べを受けている。

金栄珠(キム・ヨンジュ)国会議員(共に民主党)が入手した裁判所資料によると、国外所在文化財財団は在米僑胞のB氏が運営する現地業者に公使館の補修代金約12万1000ドル(約1290万円)を支払わなかったとして、今月3日に提訴された。

訴状によると、同業者は昨年2月から今年5月にかけ、総額15万4500ドル相当の工事を完了したが、うち3万3000ドルしか受け取っていないと主張した。業者は公使館の建物に根抵当権を設定した。

また、公使館の館長と幹部は工事代金の支払いに関する契約書の署名を偽造した疑いでワシントン警察当局の捜査を受けているという。


2019/10/07 08:20/朝鮮日報日本語版
http://www.chosunonline.com/site/data/html_dir/2019/10/07/2019100780003.html

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【東亞日報】108年間の他郷暮らしをした智光國師塔が故郷に 植民地時代の1911年、文化財収奪に血眼になった日本人の手によって…

1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ 転載あかん 2019/06/22(土) 21:39:39.99 ID:CAP_USER
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長い流浪生活を行った悲運の高麗時代の僧塔「原州法泉寺址(ウォンジュ・ボブチョンサジ)智光(チグァン)國師塔 」(国宝第101号)が100年ぶりに故郷に戻ってくる。

文化財庁は、「20日、文化財委員会・建築文化財分科会で、原州法泉寺址智光國師塔を元の場所である江原道原州市の法泉寺址に移転することにした」と、21日明らかにした。

高麗文宗(ムンジョン)時代に國師を務めた僧侶海麟(ヘリン、984~1070)の舎利を奉安した智光國師塔は、ユニークな構造と華やかな彫刻、優れた裝嚴装飾で、高麗僧塔の白米に挙げられる。しかし、日本植民地時代から現在までの108年間、あちこちに流れて経験した受難は、韓国近・現代史の痛みと軌を一にする。

智光國師塔は、日本植民地時代の1911年、文化財収奪に血眼になった日本人の手によって解体され、法泉寺址から去った。当時、京城(キョンソン)市内の明洞(ミョンドン)にあった村上病院に運ばれた塔は、その翌年、ソウル中区南倉洞(チュング・ナムチャンドン)の和田邸宅の庭に再び移された。ついに同年5月、日本の大阪に搬出されることになった。朝鮮総督府の返還要求で1912年末に故国に戻ってきたが、いきなり景福宮(キョンボクグン)に置かれた。

光復(日本植民地からの独立)後も試練は続いた。韓国戦争の時に爆撃を受けて大きく破損し、1957年には緻密な考証なしに急いで復元された。以後、1990年に国立故宮博物館(当時は国立中央博物館)の裏庭に移転して、20年間その座を守ってきた。しかし、2005~2015年に行われた文化財特別安全点検と精密安全診断の結果、塔のあちこちに亀裂や脱落現象などが確認された。

結局、文化財委員会は、2015年9月、塔の全面解体・保存処理を決定した。2016年5月から大田(テジョン)国立文化財研究所で塔を保存処理している。研究所は今年末までに保存作業を完了する計画だ。現在法泉寺址には、108年前に別れた智光國師塔碑(国宝第59号)のみがぽつんと残っている。

文化財庁は、「塔を元の場所に殿閣を立てて復元するか、法泉寺址の敷地に建設を進めている展示館の内部に置く案などを多角的に検討している」とし、「実際の移転は2021年ぐらいにならなければならないだろう」と明らかにした。

柳原模

http://www.donga.com/jp/home/article/all/20190622/1768523/1/
東亜日報 June. 22, 2019 09:30

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