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歴史

【元従軍慰安婦】 李容洙さん(93)、日韓関係改善には「(日本の)謝罪がないといけない。首相の公式謝罪を望む」

1: LingLing ★ 2022/05/17(火) 21:47:09.31 ID:CAP_USER
関係改善へ首相公式謝罪を 韓国元慰安婦が訴え
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旧日本軍の韓国人元従軍慰安婦、李容洙さん(93)が17日までに共同通信や韓国メディアのインタビューに応じ、日本政府と韓国の尹錫悦政権が歴史問題で悪化した両国関係を改善させる方針であることに関し「(日本の)謝罪がないといけない。首相の公式謝罪を望む」と訴えた。

2015年の慰安婦合意では、当時、外相だった岸田文雄首相が記者会見で安倍晋三首相による「おわびと反省」を述べた。ただ安倍氏本人の直接表明ではなかった上、翌16年に安倍氏が被害者へのおわびの手紙は「毛頭考えていない」と発言したことから、韓国では首相が十分に謝罪をしたとの受け止めは少ない。(大邱共同)

https://news.yahoo.co.jp/articles/0a04240631a7d1a82d74b27dee177c0c44fc8a4f

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【韓流】MBCドラマ『ネイル(明日)』「前世で独立運動家だった」・・・日本軍 “慰安婦” 被害者を慰労

1: ハニィみるく(17歳) ★ 2022/05/16(月) 08:30:52.45 ID:CAP_USER
MBCの『ネイル(明日)』のロウンが前世に続いて現世でも、日本軍 “慰安婦” 被害者の心に触れて慰労する、胸が詰まる余韻を送った。

(写真)
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去る13日(金)に放送されたMBC金土ドラマ『明日』の第13話では、日本軍 “慰安婦” 被害者たちの話を盛り込んだ『ポム(春)』のエピソードが描かれた。

この日、危機管理チームのリョン(演=キム・ヒソン)、チュンウン(演=ロウン)、リュング(演=ユン・ヂオン)は、自ら命を絶とうとする管理対象者のユ・ボクフィ(演=キム・ヨンリム)を救うために乗り出した。危機管理チームはこの時、死亡予定の日本軍 “慰安婦” 被害者であるイ・ヂョンムン(演=キム・ヨンオク)がユ・ボクフィに会いたがっているという事実を知ることになり、引導管理チームの新入チョン・ボユン(演=パク・フィヂョン)とともに任務を遂行することになった。

その後、ユ・ボクフィは自分を訪ねてきた危機管理チームに対し、幼い頃に友人のユンイが自分のせいで日本軍 “慰安婦” 被害者になったと深い罪悪感を表わし、その事情が気がかりになった。これに対してリョンとリュングは、「(イ・ヂョンムンさんが)ユンイを覚えているあなたに会いたがっていて、とても強い意志で生きておられています」とし、二人の出会いを成し遂げた。

イ・ヂョンムンに会ってようやく口を開いたユ・ボクフィは、新聞で偶然にも日本の工場就職の広告を見てユンイに提案して、その後ユンイもどこかで元気に暮らしていると思っていたと伝えた。そんなある日、日本軍 “慰安婦” 被害者の写真の中でユンイを見つけ、全ての真実を知ることになって罪悪感に苦しんでいたのである。これに対してイ・ヂョンムンは、どのような瞬間にも希望を失わなかったユンイについて伝え、光復を控えて脱出しているところをユンイが自分たちを助けるために犠牲になったと打ち明けて関心を集めた。

続けてイ・ヂョンムンは、ユンイの犠牲で辛うじて生き残った被害者であるにもかかわらず、人々の鋭い視線の中に自分の過去を隠し、隠れて生きてきた自分の人生の痛みを表わして心を痛めた。だがしかし、すぐにイ・ヂョンムンは被害者である自分の過去を隠さないことにしたとし、「私の命がある限り、その事実を私の最後まで明らかにする声を出すだろう」と伝え、胸を詰まらせた。

さらにユ・ボクフィに対し、「私が知っているユンイは、ボクフィさんに会ったら暖かく包み込んでくれます。あなたは間違ってないと言うでしょう。だからもう、あまり苦しまないでください」と慰め、胸を熱くさせた。

間もなく引導管理チームの新入ボユンが、イ・ヂョンムンを含む日本軍 “慰安婦” 被害者たちとユ・ボクフィを記憶し、最後を導くために冥土の使者(死神)になった『ユンイ』であることが判明して関心を高めた。これに対して招待を明らかにしたボユンは、自分に罪悪感を持って生きてきた二人を慰め、イ・ヂョンムンとユ・ボクフィは長い間胸の奥深く抱いてきた申し訳ない気持ちを涙で吐き出し、視聴者たちまで泣かせた。

その際、ヂュンウンの前世が明らかになって注目を集めた。日本軍から逃走したイ・ヂョンムンと少女たちを救った独立運動家だったのである。これを聞いたヂュンウンは、「(前世は覚えていませんが)私が忘れずに覚えてほしいと叫びます。だから大変だった人生も、もう我慢しなくて大丈夫です」、「ハルモニ(お婆さん)が背負っていた荷物。これから生きていく私たちが代わりに背負います」とし、全ての荷物を一人で背負ったまま死すら気楽に迎えられないイ・ヂョンムンの心を慰めて撫でた。

ソース:MBC芸能(韓国語)
http://enews.imbc.com/News/RetrieveNewsInfo/347565

>>2につづく

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「朝鮮時代の女性の半分は性の慰みものだった」「慰安婦」被害者に対する侮辱発言の大統領秘書官、結局辞任へ

1: 昆虫図鑑 ★ 2022/05/14(土) 16:09:44.90 ID:CAP_USER
同性愛嫌悪発言や日本軍「慰安婦」被害者を侮辱する発言で物議をかもした大統領秘書室のキム・ソンフェ宗教多文化秘書官が、13日辞任した。尹錫悦大統領夫人のキム・ゴンヒ氏との親交関係で抜擢されたのではないかという話題が上った後、過去の嫌悪発言が明らかになり、さらに釈明の過程で議論をふくらませ、事実上更迭されたかたちだ。尹錫悦政権の公職者の検証に穴が開いたという批判は避けられないものとみられる。

 大統領室の報道官室は同日午後5時50分、「大統領に迷惑をかけないため自ら辞任する」というキム秘書官の発言を伝える形で辞任の知らせを伝えた。キム前秘書官は過去の書き込みで「同性愛は精神病の一種」と主張し、また、日本軍「慰安婦」被害者の賠償要求を「花代(性売買の代価)」と表現した事実が明らかになり、議論を巻き起こした。11日、自身のフェイスブックに「行き過ぎた表現については謝罪申し上げる」という文を載せたが、自身に対する批判が「ダブルスタンダードを掲げる586(80年代に民主化運動に関わった人々)勢力と北朝鮮に追従する主体思想派を批判したことに対する報復」だと主張し、「同性愛は治療によって変わると考える」という嫌悪表現を繰り返した。「朝鮮時代の女性の半分は性の慰みものだった」という過去の寄稿文が知られると、翌日またフェイスブックに「(朝鮮時代には)結局、女性人口の半分はいつでも主人である両班(ヤンバン)の性的快楽の対象だった」という誤った主張と抗弁で、再び世論の叱責を受けた。大統領室の参謀がSNSで個人の身上問題に対して抗弁し、論議をさらに拡大させる行動は、非常に異例のことだった。大統領室内では、キム前秘書官の「SNS説話」が理解できないという雰囲気が漂う。大統領室の高官は「正式にSNS自制令を下したことはない」としながらも「(SNSを自制するのは)公職にいる人の常識だ。個人的には問題があると思う」と述べた。

 さらに、キム前秘書官が2020~2021年に共に民主党のイ・ジェミョン前大統領選候補と文在寅前大統領に向かって「従北(北朝鮮に追従する)左派」、「金日成首領主義」とし、理念分けで非難した事実が本紙の報道で確認された。パン・ギムン前国連事務総長のファンクラブのコミュニティサイトに「従北化、組織暴力団カルテル化された文在寅・李在明集団から、誇らしい民主化運動の正統性を取り戻さねばならない」、「文在寅の『クッポン主義』(自国文化を過剰に誇り陶酔すること)は、金日成主義の追従作」、「“私たちを地上の楽園へと導いた金日成首領”を、文在寅首領に替えようとしている」と主張したもの。

 大統領室参謀らはこの日午前、「キム秘書官の問題で世論が非常に良くない」とし、対策を議論したという。世論悪化のため、結局「自主辞任」の方に舵を取ったものとみられる。

キム・ミナ記者

http://japan.hani.co.kr/arti/politics/43462.html

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【韓国】キム・ソンフェ秘書官、今度は「朝鮮時代の女性の半分は性的快楽の対象」

1: ハニィみるく(17歳) ★ 2022/05/12(木) 23:07:59.24 ID:CAP_USER
(キャプチャー)
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▲ キム・ソンフェ秘書官のFacebookの投稿。
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日本軍慰安婦被害者を実際に『性売買女性』と比喩するなど、歴史歪曲発言で叱責を受けている大統領秘書室のキム・ソンフェ宗教多文化秘書官が釈明に釈明を重ねているが、議論はさらに広がっている。

キム・ソンフェは12日、自身のFacebookに「独白」というタイトルの投稿で「朝鮮時代の女性人口の半分が常に主人である両班の性的快楽の対象だった」と主張した。

「朝鮮朝の半分に達する40~50%の人口が奴婢(ノビ)で、そのうち奴婢2世を産める女性の奴婢がより好まれた。女性の奴婢は別居していたとしても、両班の主人が守庁(伽)を求めれば夜を共にしなければならない立場だった」というのである。

それから、「なぜ大韓民国の有識者とマスコミは自分だけの道徳的偏見にとらわれ、不都合な真実に目を背けるのか」と反論した。

これは前日のKBSの報道に反論する性格の文章だが、KBS報道によれば昨年3月、当時の韓国多文化センター長だったキム秘書官は、ハーバード大学のラムザイヤー教授が日本軍慰安婦被害者を自発的売春婦と規定して激しい批判を受けたことで、自身のSNSに「朝鮮時代の半分の女性が性玩具だった」とし、「日本軍の蛮行に対する怒りの半分だけでも、朝鮮時代の奴隷制についても探求して憤りを覚えよう」という投稿をした。

続けて、「クッポン(国家+ヒロポンの合成語=過剰かつ盲目的な愛国主義)に酔って他国を指差す前に、我らの歴史の馬鹿な姿を正確に知って憤りを覚えよう」とも述べた。

最終的に、日本を批判する前に我々のほうから反省しようという主張だが、太平洋戦争当時に日本が犯した反人倫的性奴隷制の蛮行の論点をはぐらかす詭弁に過ぎないという指摘だ。

(写真)
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▲ キム・ソンフェ秘書官。

キム秘書官のFacebookの投稿には、批判のコメントが殺到した。あるネチズンは、「朝鮮時代に奴婢がいたという事実を利用して、朝鮮は未開の国だったと主張するのは極右のユーチューバーたちが言ってることだ」とし、「前近代国家の非人道的な要素は全ての国にあった。だがしかし、歴史の若干の要素をエラんで刺激的な声を上げるのは、歴史学界で最も警戒することだ」と一蹴した。

これに先立ち、キム秘書官は慰安婦被害者と同性愛嫌悪発言に対し、「(私が)※ネロナムブル(ダブルスタンダード)の586勢力と従北主体思想派を絶えず批判してきたことに対する報復だ」と表現し、議論をさらに広げた。
(※私がすれば恋愛、他人がすれば不倫の略)

キム秘書官の嫌悪議論や人選の背景、野党の解任要求に対し、大統領室はまだ特別な立場を明らかにしていない。キム秘書官は大統領選挙の当時、チョン・グァンフン牧師が創刊した自由日報に、「キム・ゴンヒの魔女狩りは正当なのか」、「新令夫人のキム・ゴンヒ、大韓民国の温達(オンダル)将軍と平岡(ピョンガン)姫の役割に期待」というタイトルのコラムを次々と掲載して話題になった。

ソース:CBS=ノーカットニュース(韓国語)
https://www.nocutnews.co.kr/news/5755166

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【韓国歴史】 「任那日本府説」 倭が4世紀中頃に伽耶地域を軍事的に征伐…話にもならない学説だ

1: LingLing ★ 2022/05/11(水) 19:43:25.81 ID:CAP_USER
[ペ・ジョンドクの歴史紀行]「任那日本府説」

任那日本府説は、倭が4世紀中頃に伽耶地域を軍事的に征伐して「任那日本府」という統治機関を設置して、6世紀中頃まで韓半島南部を運営したという話にもならない学説だ。

その始まりはシンゴン(神功、ジングウ)皇后だったという。そして、『日本書紀』に出てくる神功皇后は3世紀の人物だ。神功皇后の頃には、合間に韓地百済の王歴を挟み入れた。次は『日本書紀』『神功皇后記』に出てくる百済の王歴と『三国史記』に出てくる百済の王歴を比較したものである。

『日本書紀』神功55年(CE255)百済のチョゴ(肖古)王が死んだ。 / 『三国史記』クンチョゴワン(近肖古王):CE375年王が死んだ。

『日本書紀』神功56年(CE256)百済の王子キス(貴須)が王位についた。 / 『三国史記』クングスワン(近仇首王):CE375年王位についた。

『日本書紀』神功64年(CE264)百済の貴須王が死んだ。王子枕流が王位についた.。/ 『三国史記』チムリュワン(枕流王):CE384年に即位した。

『日本書紀』神功65年(CE265)百済チムリュワン(枕流王)が死んだ。叔父の辰斯が王位を奪って王になった。 / 『三国史記』チンサワン(辰斯王):枕流王の弟で、枕流王が死んだ時、太子が幼かったので叔父の辰斯が王位についた。(CE385年)

百済の肖古王(在位CE165~214)と近肖古王(在位CE346~375)は全く別の人物だ。王子貴須(在位CE214~234)と近仇首王(在位CE375~384)も別の人物だ。枕流王(CE384)が即位したが、1年後に死んで、弟の辰斯王(在位CE385~392)が即位した事実だけが一致する。これも『日本書紀』と『三国史記』の該当年度は120年の差異がある。

日本の学者たちは、肖古王と近肖古王、王子貴須と近仇首王を同様の人物と断定する。ここには何ら適当な根拠もない。名前が似ているから、同じ人物とみなすべきということだ。そして、神功皇后の頃に起こった出来事を、どれも120年ずつ遅らせて適用しなければならないと主張する。いわゆる「120年二周甲説」の適用だ。

なぜなら、二周甲説を適用してこそ、4世紀中頃から始まったという任那日本府説を取り付けられる根拠を都合することが出来るからだ。日本の学者たちは、この120年二周甲説の適用を主張して、CE369年からCE562年までの約200年間、倭が韓半島南部地域を支配したという「任那日本府説」を連結している。

広開土太王碑文の記録から、広開土太王が日本列島を焦土化した時期がCE396年とCE400年だ。また、宋書に出てくる記録を見れば、倭5王が宋国に使臣を送った時期がCE421~479年だ。この時は倭国に百済のタムロ(檐魯)があった時期であって、倭5王は百済の主タムロの王たちだった。広開土太王の日本列島侵攻時期と倭国五王の宋国朝貢記録などを見ると、CE369年から約200年間の「任那日本府説」は、いくら結びつけようとしてもできない事件だ。

このようなことを勘案すれば、神功皇后の頃から120年二周甲説を適用するのは時期的に合わない。仮に、神功皇后が実際の人物だったとすれば、CE201~268年の期間中に大和倭朝廷が九州にいた百済分局のクダラと力を合わせて、九州にいたまた他の韓人たちの分局と戦争を行った記録と見るべきだ。

日本の学者たちが主張してきた「120年二周甲」説の適用は全て適用できるものでもない。第21代雄略の代に至っては、年度の差異なく元に戻っている。日本の学者たちは「任那日本府説」を主張するために、神功皇后の年代を120年遅らせるべきだと張したが、120年遅らせてみても、広開土大王の日本列島侵攻時期と宋書に出てくる倭5王の朝貢記録は、任那日本府説と時期的に合わないのだ。

ペ・ジョンドク歴史コラムニスト

蔚山第一日報
http://www.ujeil.com/news/articleView.html?idxno=303426

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