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歴史

【東亞日報】記録を支配すること 朝鮮時代に科挙に及第して文官として生きていくとしても「文武兼備」は基本だった

1: 右大臣・大ちゃん之弼 ★ Let it be です 2021/01/13(水) 07:45:40.45 ID:CAP_USER
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朝鮮時代に科挙に及第して文官として生きていくとしても「文武兼備」は基本だった。野戦で戦闘をする能力はないにしても兵法書を読み、軍を指揮し、動員・兵站などの軍事行政を処理することは知らなければならなかった。

南原(ナムウォン)の士人だった趙慶男(チョ・ギョンナム)は壬辰倭乱、丁卯、丙子胡乱をすべて経験した。壬辰倭乱のときは、義兵長として戦闘に参戦した。文武兼備に実戦経験まで備えていた彼は、三大戦乱を記録した乱中雑録と続雑録という戦史を残した。戦史の記録物がもどかしいほど不足している韓国歴史において、著者の経歴から見ても内容から見ても、珍しく大切な記録だ。


趙慶男の著書は、他の記録に比べると説明も具体的で豊富な方だ。しかし、戦史としては依然として小略で具体性に欠けている。本人の過ちでもないのが、彼が参照した基本資料と文書が簡単な報告書だったからだ。これは理解できるが、「フェイクニュース」、感情的で単純な戦況分析は誰のせいだろうか。

朝鮮はいかなる社会より識字率が高く、識字層も多い国だったが、哲学的思弁と文学的作文に重点を置きすぎて、実利的思考、六何の原則による科学的説明と実用的作文の訓練はあまりにも乏しかった。このような作文文化は、逆に思考にも影響を及ぼす。戦争を直接経験して事件を目撃しても、目と頭脳が現場の状況を分析するよりも、評論が先に進む。「将軍が怖がって兵士たちが崩れた」「将軍が大声で怒鳴りつけて、逃げる兵士の首を切ると、兵士たちが勇気百倍になって戦った」といった具合だ。

戦場ではそのようなことがあっても、それはほんの一部でしかない。自軍と敵の武装状態がどうで、どんな地形で何メートル突撃したのか、このような問題には関心もない。幾多の変数が支配する戦場を一つや二つの要素で裁断してしまうから、世の中を単純に見るようになり、分析よりは感情的批判が先に立つ。これだから、「フェイクニュース」にも簡単にだまされる。

朝鮮は500年間、この枠組みから脱することができなかった。それも残念だが、21世紀になった昨今、教育や知的風土がかえって過去に退行しつつある。

東亞日報 January. 12, 2021 08:27
https://www.donga.com/jp/home/article/all/20210112/2364607/1

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【書籍】 「日帝は私たちの農村をどのように収奪したか?」~『日帝強制占領期間、農村収奪の記憶・禾湖里Ⅰ』発刊

1: 蚯蚓φ ★ 2021/01/07(木) 00:05:50.67 ID:CAP_USER
日帝強制占領期間、日本は朝鮮を永久に植民地化しようと東洋拓殖会社を筆頭に農業移民政策を展開した。

全北(チョンブク)井邑市(チョンウプシ)禾湖里(ファホリ)は政策初期移住地に選ばれ、多くの日本人が移住して大規模農場が開設された。開墾された多くの農地と大地の所有権はクマモト・リヘイ(熊本利平)等日本人に移転され、自営農だった土着民は小作農に転落した辛い歴史があった。

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▲国立完州文化財研究所が発刊した《日帝強制占領期間、農村収奪の記憶・禾湖里Ⅰ》.[写真=文化財庁]

一方、解放後には熊本利平農場所属医師だったイ・ヨンチュン博士が劣悪な農村保健問題を改善しようと残って農場施設を活用し入院室と内科など5科の診療科目を備えた禾湖里中央病院を設立しその跡が残っている。

文化財庁国立完州文化財研究所は日帝強制占領期間の農村収奪と解放後の農村保健の歴史が残っている全北井邑市禾湖里で実施した学術調査結果を入れた報告書《日帝強制占領期間、農村収奪の記憶・禾湖里Ⅰ》を発刊した。

今回報告書には植民地禾湖里の日本人地主と禾湖里の植民地記憶、景観をはじめとして
△新聞記事と地図、写真、公文書等を通して当時の禾湖里の歴史と人文地理考証
△建築物の現況と不在種調査、植生調査、石材産地調査、デジタル記録を試み、
近‧現代の有形資産の総合的調査‧研究‧記録成果を記録した。

国立完州文化財研究所は教育資料で活用できるように禾湖里に残った積算家屋6棟と解放後空間変化などをデジタル映像資料でも製作した。この映像を報告書のQRコードに挿入し、スマートフォンなど携帯機器で再生して見ることができるようにした。

《日帝強制占領期間、農村収奪の記憶禾湖里Ⅰ》は国公立図書館、地方自治体などに配布される。

カン・ナリ記者

ソース:コリアンスピリット(韓国語)“日帝強制占領期間私たちの農村に対する収奪どのように成り立ったか?”
http://www.ikoreanspirit.com/news/articleView.html?idxno=61611

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【韓国】 文大統領「歴史を正しく立て直し民族精気が流れるようにする」~日帝が真っ二つにした臨清閣を復元

1: 蚯蚓φ ★ 2021/01/04(月) 23:50:10.53 ID:CAP_USER
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▲臨清閣の庭を横切って鉄道設置
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▲韓国の鉄道と安東駅周辺(別ソース:朝日新聞)

日帝時真っ二つになった独立活動家、石洲イ・サンリョン(李相龍・ 1858~1932)先生の生家である安東(アンドン)「臨清閣(イムチョンガク)宝物第182号)」が80年ぶりに復元される。

臨清閣は臨時政府初代国務令だったイ・サンリョン先生が新興武官学校を設立し11人の独立活動家を輩出した独立運動の聖地と呼ばれる。1941年、日帝が抗日独立運動意志をくじき民族精気抹殺のために路線を迂回させて臨清閣のまん中を横切る中央線鉄道線を敷き、古宅はそのまま崩れた。この過程で臨清閣内の50余間の行廊棟と付属の建物が破壊された。

これに対し文在寅(ムン・ジェイン大)統領は就任初年度の光復節祝辞で「臨清閣のように独立運動を記憶できる遺跡は全て探し出す」として臨清閣復元意志を表明した。

また、2018年大統領直属「3・1運動および大韓民国臨時政府樹立100周年記念事業推進委員会(記念委)」スタート当時、臨清閣復元課題を核心課題に選定した。ムン大統領は2018年7月3日記念委出帆式で「日帝が傷つけたイ・サンリョン先生の本家、安東の臨清閣も今年末までに総合整備計画を立てて本格的な復元に着手するだろう」と明らかにした。

大統領の強い意志により2022年末に予定された既存鉄道撤去・移転時期が昨年12月に2年操り上げられた。既存中央線路線のうち臨清閣を貫く嶋潭(トダム)~安東区間の新しい路線が開通する。大統領府は今年2月までに既存鉄道を撤去後、安東市主導で臨清閣周辺整備事業に着手し、来る2025年に完全な姿で復元する予定だ。

ムン大統領はこの日、江原道(カンウォンド)原州(ウォンジュ)を訪れてKTX-イウム(EMU-260)列車に初めての試乗し、中央線鉄道複線化事業による臨清閣復元の軸を用意した点を強調した。

今回の中央線線路変更で鉄道を除去し、臨清閣自体を復元することに大きな意味があるとムン大統領は伝えた。ムン大統領は「来る6月から臨清閣周辺整備事業に着手し、2025年までに完全な姿で復元する」としながら「私たちの歴史を正しく立て直し、民族精気が流れるようにする」と明らかにした。

来る5日から中央線原州-提川(チェチョン)間路線で正式運行されるKTXイウムは我が国が開発した最初の動力分散式(Electric Multiple Unit)高速列車だ。動力装置が全客車に分散して駆動されるので一部装置に障害が発生しても安全運行が可能だ。

[ソウル=ニューシス]

ソース:東亜日報(韓国語)日帝時真っ二つになった臨清閣80年だけ復元…文“歴史正しく立て直すこと”
https://www.donga.com/news/Politics/article/all/20210104/104763531/1

関連記事:産経ニュース(2017)地元週刊誌でさえも否定する日帝謀略説を大統領演説で取り上げるとは…
https://www.sankei.com/column/news/170909/clm1709090006-n1.html
東亜日報(2019)日帝「独立運動の脈を断つ」、臨清閣の庭を横切って鉄道設置
https://www.donga.com/jp/article/all/20190601/1747810/1/

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【韓国】 日本王宮前で爆弾投げたキム・ジソプ~日本帝国主義の主犯、日王の権威を否定

1: 蚯蚓φ ★ 2021/01/03(日) 20:43:39.74 ID:CAP_USER
激烈な闘争性を持った韓国独立運動の中心には国が日帝によって崩れる前から大々的に起きた義兵戦争などがあった。そして庚戌国辱後、満州などの地に亡命した独立闘士によって独立軍抗争に発展するなど解放まで着実に武装独立闘争の脈を引き継いだ。

この中で断然目立つのがまさに義烈闘争だ。これは自身の生命を投げうって全人類に自由と正義のメッセージを伝え、民族独立の大義を明らかにする目的で起きた武力的闘争だ。このような人類共栄の透徹した目的性に基づいて進められた義烈闘争が単に個人または一部集団の私的利益をはかるテロと明確に区分される理由が正にここにある。

慶北安東豊山邑五美里で生まれた秋岡(チュガン)金祉燮(キム・ジソプ、1884~1928)先生はほとんど半生を民族解放のための義烈闘争に献身した独立闘士であった。
(中略:キム・ジソプの経歴)

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▲チュガン、キム・ジソプ先生(慶尚北道(キョンサンブクト)独立運動記念館提供)

彼は中国に亡命して1921年高麗共産党に加入し、1922年モスクワ極東民族大会に参加して同年、義烈団に加入するなど著しい活動を展開した。1924年東京帝国議会に爆弾を投げる計画をたて、上海から東京に潜入したが、同議会が無期限延期になった事を知って日本王宮を爆破する決心をし、結局、二重橋で爆弾投擲後、現場で逮捕された。

1925年5月に死刑宣告を受けて服役中1927年、20年刑に減刑されたが、翌年、結局疑問の獄死で殉国した。反帝国主義の理念で社会主義を受け入れ、これに対する実践策略で義烈闘争を選択したキム・ジソプの義挙は日帝の韓国人同胞虐殺に対する民族的報復であり日本帝国主義の主犯である日王の権威を否定した、という歴史的意味がある。

学界では彼の生涯と活動に関する一連の研究が行われ、慶尚北道独立運動記念館では彼に関する人物叢書シリーズ6冊《日王宮城をねらった民族魂キム・ジソプ》(2011)と資料叢書シリーズ6冊《チュガン、キム・ジソプ》(2014)の2シリーズを発刊し、それまで収集された資料と研究を総合した。また、記念館の常設展示室には彼と関連した一連の資料を展示している。

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▲ 《キム・ジョンソプ日録》 (韓国国学振興院所蔵および提供)
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▲慶尚北道独立運動記念館常設展示室キム・ジソプ関連展示場(慶尚北道独立運動記念館提供)
(後略)

[私たちの文化新聞=イ・ユンオク記者]

ソース:ウリ文化新聞(韓国語)日本王宮の前で爆弾を投げた、チュ・カン、キム・ジソプ
http://www.koya-culture.com/news/article.html?no=128072

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【日韓】 韓国の日本への要求/過去の書き換えを目指す

1: 荒波φ ★ 2020/12/27(日) 12:09:49.14 ID:CAP_USER
日本安全保障戦略研究所研究員  藤井 賢二

日韓関係は1965年の日韓条約で国交を結んで以来最悪といわれる。

日韓条約中の請求権協定で「完全かつ最終的に解決された」はずの戦時中の朝鮮半島出身労働者に対する補償問題を、2018年の韓国大法院判決で韓国が蒸し返したことがきっかけである。

判決文は、原告が請求しているのは未払い賃金や補償金ではなく、「不法な植民支配および侵略戦争の遂行に直結する日本企業の反人道的な不法行為」を前提とした強制動員への慰謝料であり、請求権協定は「日本の不法な植民支配に対する賠償を請求するための取り決めではなかった」と非難した。

1910年の日韓併合による日本の支配は不法なのに罰せられていないという不満がある。

韓国はこれまでも、日本の支配は不法と日本に認めさせようとしてきた。より高圧的な、自分たちは日本と戦った連合国=戦勝国(日本は敗戦国)と主張したことすらある。 

日本と連合国との戦争を正式に終わらせるための平和条約を米国が作った時、51年5月の協議で英国は「韓国は日本と戦争したことは決してなかった」と述べた。

同年7月、米国は「日本と戦争状態にあり、かつ42年1月の連合国宣言の署名国である国のみが条約に署名するので、韓国政府は条約の署名国にならないであろう」と韓国に告げた。

中国にあった臨時政府が対日宣戦布告したと韓国が抗議すると「米国政府は韓国臨時政府を承認したことはない」とし、韓国は署名国にはなれなかった(塚本孝「韓国の対日平和条約署名問題」『レファレンス』494)。

平和条約に従って国交を結ぶための交渉(日韓会談)が51年10月に始まると、韓国は連合国のような要求をした。

たとえば、韓国が提案した基本条約案は「大韓民国は日本国を独立主権国家として承認する」と、サンフランシスコ平和条約の「連合国は、日本国及びその領水に対する日本国民の完全な主権を承認する」と似ていた。

しかし韓国はその姿勢を抑え、支配を不法と日本に認めさせることもできなかった。

日韓条約中の基本関係条約の、日韓併合条約などは「もはや無効である」という文言について、支配は不法と主張したい韓国は初めから無効と主張したが、日本は締約当時は有効だったが現在は無効と説明した。

1人当たりの所得で日本を抜くという声もある現在の韓国に、日本への遠慮はない。

話題になったボルトン回顧録には、昨年4月の米韓首脳会談で、文(ムン)在寅(ジェイン)大統領は日韓条約を「ひっくり返そう(upend)としていた」とある。

叶(かな)えられなかった夢の実現に韓国は力を傾けているが、その夢とは日本を罰することではないのか、そのような懸念すら抱かせる。

戦後間もない47年、平和条約作成のための英連邦会議に向けてニュージーランド政府が作成した文書がある。

朝鮮について、日本統治期に中国で多数の朝鮮人が抗日闘争を、国内でガンジー式の不服従運動を成功裏に行ったとある。

英米両国が否定・無視したこのような説明が韓国人の宣伝の成果だとすれば、警戒すべきである。彼らの対外活動を決して侮ってはならない。


2020年12月27日(日)
http://www.sanin-chuo.co.jp/www/contents/1609037228692/index.html

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